中山大障害 中山大障害を制した名馬たち

競馬というのは、「予想」するから当たらないのです。

「ある公式」に基づいてきちんと計算すれば、手堅く稼ぐことができます。

競馬予想を楽しむのではなく「稼ぐ競馬」をしたい人のための情報はこちら!

中山大障害過去の優勝馬

中山大障害01
  • 1999 ゴッドスピード
  • 2000 ランドパワー
  • 2001 ユウフヨウホウ
  • 2002 ギルデッドエージ
  • 2003 ブランディス
  • 2004 メルシータカオー
  • 2005 テイエムドラゴン
  • 2006 マルカラスカル
  • 中山大障害はJRA主催の中山競馬場、4100mの障害競走GIレースです。第1回は1932年に中山競馬場の4100mで大障碍特別として始まりました。その後幾度か改称を経て、1948年秋からは「中山大障害」に定着しました。

    中山大障害の出走資格は、JRA所属の牡馬・牝馬の競走馬。サラ系3歳以上。

    中山大障害の賞金は、1着の賞金が8000万円、2着の賞金が3200万円、3着の賞金が2000万円、4着の賞金が1200万円、5着の賞金が800万円となっています。

    中山大障害の前走としては、「京都ハイジャンプ」「イルミネーションジャンプステークス」などがあります。

    中山大障害2006第129回の優勝馬

    中山大障害01

    マルカラスカル 中山大障害優勝馬のマルカラスカルは、2005年12月より障害競走に転向しました。

    中山大障害ではマルカラスカルは久々の障害戦復帰ながら2番人気に推されました。

    すぐに先頭に立ち、最後の直線では後続を突き放し6馬身もの差をつけて完勝しました。

    マルカラスカルの中山大障害以前の戦績は、2005年12月の障害未勝利戦で障害初勝利を挙げ、明けて牛若丸ジャンプステークスと淀ジャンプステークスにも勝って3連勝を挙げましたが、脚部不安を発症してしまい、休養を余儀なくされました。

    復帰した11月の平地競争1000万下戦は12着、次走の境港特別は13着でしたが、中山大障害に雪辱を期しました。

    中山大障害2005第128回の優勝馬

    中山大障害01

    テイエムドラゴン 中山大障害を制したテイエムドラゴンは2004年秋の京都新馬戦でデビューしましたが、2005年の秋まで9戦全く勝利できず、その後障害に転向しました。

    中山大障害ではテイエムドラゴンは2番人気でしたが、後方から追い込んだ後続馬に9馬身もの差をつけて、障害戦3戦全勝でJ・GI初制覇を果たしました。

    そしてこの年のJRA最優秀障害馬に選出されました。

    テイエムドラゴンの中山大障害前のレースは、平地競争で2005年7月の未勝利戦4着、9月の未勝利戦6着と、勝てないレースが続いていました。

    障害転向後初の障害未勝利戦で勝利し、続く京都ハイジャンプにも連勝して、中山大障害へと繋げました。

    中山大障害2004第127回の優勝馬

    中山大障害01

    メルシータカオー 中山大障害優勝馬のメルシータカオーは平地競走3戦目で初勝利を挙げましたが、その後は惨敗が続き障害競走に転向しました。

    中山大障害ではメルシータカオーは5番人気と低評価でしたが、序盤から先頭を奪うと直線では後続を楽に振り切って6馬身差で圧勝しました。

    メルシータカオーの中山大障害前の戦績は2004年1月の初J・GI中山大障害で5着、続く障害オープン3着、中山グランドジャンプは惜しくも2着でした。

    東京ハイジャンプは1番人気でしたが3着に終わり、イルミネーションジャンプステークスも9着に破れ、中山大障害に雪辱を期しました。

    中山大障害2002第125回の優勝馬

    中山大障害01

    ギルデッドエージ 中山大障害を制したギルデッドエージは平地競争を8戦しましたが勝利を挙げられず、2001年に障害競争に転向しました。

    中山大障害ではギルデッドエージは1番人気に推され、豪雨の中を後続を突き放して大差で圧勝しました。

    女性騎手としてJRAでは初の重賞勝利となりました。

    ギルデッドエージの中山大障害以前の戦績は、障害未勝利戦に勝利して以降7戦全敗でした。

    2002年9月の障害500万下戦も10着でしたが、続く障害オープン6着、東京オータムジャンプ4着、秋陽ジャンプステークス3着で徐々に調子を上げ、イルミネーションジャンプステークスで障害競走2勝目を挙げ、中山大障害に繋げました。

    中山大障害2001第124回の優勝馬

    中山大障害01

    ユウフヨウホウ 中山大障害優勝馬のユウフヨウホウはデビューが4歳と遅く、平地競争6戦で1勝もできず、2000年10月に障害競走に転向しました。

    中山大障害でユウフヨウホウは単勝100倍を超える最低人気でしたが、レースでは有力馬が次々と4頭も落馬して、最後の直線を一気に差し切ったユウフヨウホウがゴーカイに2馬身も差をつけて勝利しました。

    ユウフヨウホウの中山大障害前のレースは、淀ジャンプステークスで2着に入りましたが、その後阪神スプリングジャンプ5着、障害オープン6着、秋陽ジャンプステークス10着と勝てないレースが続きました。

    次走の障害オープン3着でに入り、中山大障害に臨みました。

    中山大障害2000第123回の優勝馬

    中山大障害01

    ランドパワー 中山大障害優勝馬のランドパワーは平地競争は20戦3勝で、1999年5月に障害競走に転向しました。

    中山大障害ではランドパワーは5番人気でしたが、2周目の第1コーナー付近で先頭に立つと、ランドパワーは後続の追撃を振り切り、2馬身半差で優勝しました。

    ランドパワーの中山大障害害前の戦績は、障害転向後初の未勝利戦で優勝し、次の障害オープンも連勝しました。

    次走の障害オープンでは3着に敗れましたが、続く洛南ジャンプステークスと障害オープンを連勝し、中山大障害へと繋げました。

    中山大障害1999第122回の優勝馬

    中山大障害01

    ゴッドスピード 中山大障害を制したゴッドスピードは平地競争で15戦3勝で、1998年1月に障害競走に転向しました。

    中山大障害ではゴッドスピードは4番人気で、ゴーカイを差し切って優勝し、この年のJRA賞最優秀障害馬に選ばれました。

    ゴッドスピードの中山大障害以前のレースは、1999年最初の淀ジャンプステークスと次の春麗ジャンプステークスを連勝しました。

    阪神スプリングジャンプでは惜しくも2着で、中山グランドジャンプでは9着を惨敗しましたが、次走の京都ハイジャンプで3着と調子を取り戻し、中山大障害に臨みました。

    中山大障害1998第121回の優勝馬

    中山大障害01

    ビクトリーアップ 中山大障害(当時のレース名は中山大障害(秋))優勝馬のビクトリーアップは、平地では19戦で1勝もできず、1998年から障害競走に転向しました。

    中山大障害(秋)ではビクトリーアップは3番人気で、先行馬が落馬やバテで崩れるなかを、中段から抜け出して2着に1.7秒差で大勝しました。

    ビクトリーアップの中山大障害(秋)以前の戦績は、障害未勝利戦4戦目で障害初勝利を挙げて、障害400万下戦と障害オープンでは5着でした。

    次の障害400万下戦で優勝し、東京障害特別(秋)は2着、続く障害オープンで優勝と、好調を維持して中山大障害(秋)に臨みました。

    他のレース
    HOME